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 橋蔵さん徒然帖-其の六
2008年08月24日 (日) | 編集 |

図書館から借りてきた「歌舞伎百年百話」(上村以和於・著/河出書房新社)という本を読んでいたのですが、時系列で1903年から約100年、その年の歌舞伎界に何があったか?というのが書いてある本です。
歌舞伎はからっきしな私には、どんなことがあったのか知るだけでも面白い、
読みやすい本ですね~^^

橋蔵さんから→六代目はどういう方だったの?に始まり、
このあたり前後ん十年の歴史も興味あるところだったので、コンパクトにまとまってて良いです、入門者には。

こうこう、こうあって現在に繋がっているのだなぁ~と思うと、
今後歌舞伎を見る時も面白くなりそうです。

(最近、歌舞伎チャンネルに加入しよか迷っているこのごろ・・・・)
↑いきなりそこ飛ぶか(笑)
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終戦した1945年(昭和20年)10月に(終戦からたった2ヶ月で)「銀座復興」と称して六代目の一座が帝国劇場で演じておられますが、
橋蔵さんもその時、六代目の「鏡獅子」の胡蝶で一緒の舞台に立っておられたのね。

戦後しばらく(映画の時代劇もそうだけど)歌舞伎もGHQによって演目が制限されていて、
徐々に解除されていった中、「仮名手本忠臣蔵」が最後に解除されたものだったそうで。
(昭和22年、上記の本による)。
橋蔵さんの写真集にある歌舞伎の出演年表を見てると・・・・
あったー!これか、22年11月の東京劇場の「仮名手本忠臣蔵」。
すご・…六代目と初代吉右衛門丈が同じ舞台に。
「歌舞伎百年百話」によると豪華キャストだったらしいですが、
橋蔵さんもちょいで茶道珍斎、花四天、太鼓持で出ていらっさいます(笑)。
こうやって見ると、橋蔵さんて戦中・戦後の混乱期の歌舞伎界にいて、その中で演じたり、見て来たりしたのですね。
昭和19年や20年は公演数が明らかに少ないし。

・…ところで、話は変わりますが昭和40年代の橋蔵さんの単独公演で、
大阪の新歌舞伎座公演の時には必ずっていいほど仁左衛門さんのお名前がありますが、
これって・…十三代目片岡仁左衛門丈ですよね???
(「雪之丈変化」の時に菊之丈役で出てくださった。殆どその頃は映画に出演しない方だったそうですが)。
橋蔵さんのことを色々見れば見る程、かなり歌舞伎とは切っても切れないものを感じるですよ。
( ̄▽ ̄)
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