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 映画「濡れ燕くれない権八」(昭和33年 1958年)
2008年08月03日 (日) | 編集 |
いつもの東映時代劇とちと違うと思ったのは気のせいでしょうか?

(おおざっぱすぎるあらすじ<ネタバレ注意>)

姫路城での御前試合で、姫事藩剣道指南蕃・棟方鉄心(市川小太夫)と対決して相打ちの判定を受けて引き上げた長州の浪人・紅権八(大川橋蔵)は、道すがら鉄心の門弟たちが鉄心の雪辱を晴らさんと闇討ちをする(鉄心の意ではなく勝手に)。
やむなく応戦した権八であったが、その切っ先は闇討ちを止めた鉄心と、首謀者の稲田辰之進(中村時之介)を斬ってしまった。
鉄心は娘の比呂惠(大川恵子)に仇討ちをしようと思うなと遺言するが・…
しかして今度は比呂惠と辰之進の弟二人・辰馬(堀雄二)と富士馬(尾上鯉之助)が仇討ちせんと権八を付け狙う。

道中、比呂惠が水をあびてるところに気味悪い虫がきたのを権八が助けたり、
酔っ払い武士にからまれたところを権八が助けたりしたことで、
比呂惠も権八も互いに惹かれるものを感じるが、お互いにその時は敵同志ということに気付かなかった。
しかし、その後比呂惠は惹かれた相手こそが権八と知って愛憎に苦しみ、
権八もまた鉄心が死んだことを知り、さらにその娘が比呂惠と知って、自分のために好きな女性が苦しむことになす術も無く、江戸へと逃げるのだった。

金が無いので、もろ肌脱ぎで川を渡ろうとした権八を侠客・花川戸長兵衛(市川右太衛門)に声をかけられ、権八の素直さに心入った長兵衛は「長兵衛、身体を張っておめぇさんをお世話したい気持ちになりました」と、彼を世話する。

長兵衛が世話してくれた宿にいた権八は、彼に一目ぼれした深川の芸者・小夕(長谷川裕見子)といつしかねんごろになる(しかし心底本気というわけではなさそう)。
祭で酔っ払いにからまれた小夕を助けたが、長兵衛は命が惜しい、大事な人に渡すと言ったのに、祭のどまんなかで命を投げ出すのは下司の喧嘩だと、権八を一喝して突き放す。
しかし、それは権八を死なせなくない長兵衛の策で、小夕に二百両を渡して比呂惠に命を投げ出そうとして厭世的になっている権八に生きる楽しみを与えて欲しいと願ってのことであった。

しかし、権八は小夕を突き放す。小夕は本気で権八に惚れていたが、彼の心を変えることができなかった。
比呂惠は小夕が権八といることを知り、彼女に居場所を聞き出そうとするが、
権八への愛と、比呂惠への嫉妬、そして権八を仇としているのを知っているので口を割らない。
しかし、比呂惠はその後、辰馬から権八が見つかったと知らせを受ける。

尚も離れようとする権八に、小夕は「その目は初めて会った時もその目でした。あの娘にあんたは討たれるつもりだ。あんた、花川戸の親分さんのお心を踏みにじっても討たれたいというのかい」といい、
そこで初めて権八は長兵衛の真意をしるのだった。

権八を見つけた辰馬たちにまたも討たれそうになる権八。やむなく剣を抜いた権八は富士馬を切り捨ててしまう。

小夕は権八の気持ちが変わらず比呂惠にあることに嫉妬し、辰馬たちが待ち伏せする材木置き場へと誘い出す。
しかし、自責の念にかられる小夕。

一方、辰馬たちを振りきった権八は比呂惠の前に現れ、
「あの折(杵つき小屋で会った時)、あなたが踏みこんでくれれば貴女の憎しみも軽く済んだのであろうに、すがるおもいで苦しんだ貴女の美しさがいとおしく、懐かしく心を苛んできたこの紅権八でした。
私が討たれても、貴女を苦しめても、生きる辛さがたまらなくなった。
(討たれること)それが貴女へ何もしてあげられない私がたった一つ、あなたへ報いることができる事なのだ、さあ、お討ちなさい」と、命を投げ出そうとするも、その時、比呂惠の心は既に仇討ちにあらず、権八の心を知り、愛が増すのだった。
一部始終を聞いていた長兵衛が現れ、「命はでーじになさるもんだ。今の苦しみを耐え忍んで生きなさい。いいか、何もかも忘れて幸せになるんですぜ」
と、二人の死への道を止め、追ってきた辰馬たちを一喝して退けた。
月夜の中、二人は小船で旅立ち、川にかかる橋では小夕が寂しくをれを見つめていた。

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東映時代劇にしては、何だかしっとりした哀切さが漂う愛憎劇って感じで、
ちと雰囲気が(良い意味で)違うわ~と思いました。
台詞も権八と長兵衛と小夕にちょっといいものがいくつかありました。
この映画の右太衛門御大がかっちょいい!!!退屈男のどーん!(笑)とした感じではなく、
なんかこーポンポンっ!!!と台詞もはね返ってくる小気味好さが^^
権八を策でわざと突き放すとはいえ、
「江戸は将軍様のお膝元、生き馬の目さえ抜かれるというところだ。
失礼だがお前さんほどの使い手は箒ではくほど転がっているんだ」だの、
「どこでどう命落とそうとおめぇさんの命だったな」だの、挙句の果ては
「百年の恋も冷めるときは一時といいますがね」だのヒドす(笑)。
しかし、その後で小夕に権八を託す台詞が泣かせるんだな。
あ、権八と長兵衛の最初の出会いのやりとりが楽しいです(笑)。

小夕の長谷川さんはちょっと影のある雰囲気が好き。
(初期によく橋蔵さんとコンビ組んだ千原しのぶさんと近いものを感じる)。
ここでは方恋の間柄だったのに、その5ヶ月後公開の「新吾十番勝負」でよもや親子の関係(お鯉の方と葵新吾)になろうとは(笑)。
愛するが故の苦しみが切ない。しかも報われずに終わったのが、この映画で一番可哀想な人だなぁと思ったですよ。

権八は、自分が意図しなかった方向にどんどん転がっていく様があわれ。
殆どストカされてるようだよね^^;;
あんだけ八方塞りだとそりゃ厭世的にもなろうというもの。
雪を見て「降って積もって儚く消える・・・・権八の命のように」だの言っちまうし^^;
愛する人を逆に苦しめている張本人が自分と知ったことが一番つらい。
呪縛から解き放たれるまで始終遠い目気味の橋蔵さんの演技が良かったです。
相手に何かしてあげたいのにしてあげられない、相手を苦しめているのは自分、
そして愛する人の呪縛を解き放つのは自分の命を投げ出すことだけだなんて悲しすぎます。
しかし、最後はね(笑)。

愛に苦しむのは権八や比呂惠や小夕だけでなく、比呂惠を密かに慕っていた辰馬もまた、
その嫉妬の対象を権八に向けてしまっていたのだけど、
それを長兵衛にズバリ言われてしまったのはカワイソスでした^^;;

なかなか良い映画。
娯楽作品という感じではなく、文芸二歩手前て感じでしょうかねぇ?
しんみりしちゃいました。



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