橋蔵さん徒然帖ー其の十三②(補足)
2009年03月05日 (木) | 編集 |
先日徒然帖にて記述の映画「群盗南蛮船」について、
更に昭和25年の「シナリオ」という雑誌(5号)にも丸々シナリオが掲載されていましたが、本物の台本とほぼ同じようです
雑誌には主要十名の役者しか名前が掲載されておらず、また台本にも名前が掲載されて無いので、橋蔵さんの名前を確認できたのは結果パンフレットだけでした(端役なのでしょうがないかも)


この「シナリオ」という雑誌、市川男女蔵丈(後の三世左團次丈)と尾上松緑丈、坂東彦三郎丈の随想が掲載されてまして、当時の菊五郎劇団のことが何となく透けて見えます


当時、六代目が亡くなられて日も浅い頃、あまりにも大きな支柱を失ってちょっと芝居など、ぎくしゃくしてたようで、男女蔵丈曰く
「この過渡期にある人達の事を考えますと、致し方ないものと思いは致しましたものの、何とかこの行き詰りを抜け出し、より豊かな藝術に至り機会あれかしと、心から希つて居りましたのです」など、
一様に新しい事への挑戦には肯定的な感じです(「舞台俳優も映画に出るべきだ」という意見があったことも驚きだけど、六代目生前に「名工柿右衛門」の映画化の話もあったとは驚き)
映画に対する菊五郎劇団幹部のお考えが予想より柔軟だったことにびっくりしました
(でも、後年も集団はありでも単独で映画な人はあまりいなかったような)

しかし、映画体験は驚きの連続だったようで、
目の前は観客ではなくカメラ、アップで撮られた時が特に舞台とは演じ方がちがう、メイク方法も違うわ、かなり戸惑われたふしも(笑)

今でも舞台俳優さんがテレビドラマや映画に出演された時のインタビューなんか読むと、発声からして違うし(舞台発声のままだと大きすぎ(笑))、舞台とは視線の配り方から演技がかなり違うそうなので、この随想を読んだ時も、さもありなんと納得いたしましたよ
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